雛祭りにこめられた深い意味
 雛祭りは、雛人形を飾り子供の成長を願い、菱餅、ちらし寿司、桜もち、はまぐりの吸い物や白酒を楽しんでお祝いする行事です。この雛祭りの風習は、天正年間(1580年頃)以降のこととみられ、江戸時代には五節句(正月、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日)の一つになり、将軍家や大名家だけでなく、広く大衆の間でも行われるようになりました。
 もともとのおこりは中国からの風習で、3月上己(じょうし)の日にお祓いをし、厄除け(やくよけ)として人形を川に流していた素朴な祓い(はらい)の行事でした。この行事と、平安貴族の貴族の子女の間で広まった雛(小さな人形)遊びとが結びつき、江戸時代に今の形になったと言われているようです。

 雛祭りにつきものの白酒は、桃の花の赤と一緒にして、紅白でおめでたさを表すから。雛あられは、乾飯(ほしいい。ご飯を水で洗って天日に干したもの)を炒って作ったものです。洗い流していまいがちな米粒をとっておいて乾飯を作っておき、雛あられにする、という台所を預かる女性の細かい心遣いを、母から娘へ伝えたといいます。
 菱餅は、お正月のお供え餅から来たようです。宮中では、正月に供える餅は、下が丸餅で、上は菱形の餅をかさね、これを菱花びらと呼んでいます。この菱形の餅には薬草がつきこんでありました。時代が下ると、この菱花びらが分かれて、上の菱形のもちが雛祭りの菱餅に、下の部分がお正月の丸餅となって残りました。薬草をつきこんだ菱餅が変化し、紅白緑の3つ重ねを供えるようになったそうです。
 はまぐりのお吸い物は、ちょっと意味合いが違って、はまぐりのふたは、他と合わさることがないと言われていることから、女性の貞節を教える意味で使われているそうです。
 
 さて、もうひとつの主役、色とりどりのちらし寿司。ほぐした鮭の身や、甘く煮たれんこん、のり、錦糸玉子、いくらなどが目にもおいしい雛祭りの料理。ところが、いろいろ調べても、なぜ、雛祭りにちらし寿司を食べるようになったのかがわからないのです。「子供が喜んで食べられるように、見た目を工夫した」「作り置きができるように酢飯にした」などは考えられるのですが、それにしても、これだけ食べられている雛祭りのちらし寿司が、確たるいわれもなく広まっているというのも不思議でなりません。


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